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ナルニア国物語/第3章: アスラン王と魔法の島
映画は4部作と言われているナルニア・クロニクルの3作目。配給はディズニーが撤退し20世紀フォックスとなっている。

個人的にファンタジーの世界が大好きだ。だからこの手の作品はデフォルトでチェックする人生を送っている。だが、ナルニア国物語が物凄く好きという訳でもない。ストーリーの本線にあるのは「全知全能の神アスランが20世紀に生きる現代社会の子供を”扉”を通じてファンタジーの世界に呼びこみ、一定の”お使い”をこなす」物語。ここぞという場面ではその世界の誰もが持ち得ない不思議な力を発するライオンの姿をしたアスランが主人公たちを手助けする。

主題としては勿論幼い子供たちが冒険を通して成長する様を描いているのだが、アスランという存在は大人や保護者、つきつめれば文字通り「神」の存在に近い楽観的な未来を刷り込むものだ。だから”大人”にとっては揺りかごの中の幸福な物語としてしか映らない。

本シリーズの斬新な所は主人公の子供たちが世代を変わっていくことだろう。第1作からの主要メンバーだったピーターとスーザンは大人となって冒険には参加しない。ルーシーとエドマンドがペベンシー一家として冒険するが、彼らのいとこであるユースチス・スクラブに主役は移っていく。まあ、AKB48やモーニング娘。みたいなもんだが、歴史物以外で映画のシリーズの主演が変わるのは珍しい。

本作もアスランに呼び出された子供たちが「使命」を与えられてそれに立ち向かい成長していく。構図としては全く同じで「使命」が社会的規範か宗教的規範かは分からないが欲望に流されないで自分らしく成長するといった所か。そして流行りの3Dになっているが、正直不要だ。これなら通常版で安く観れる方がありがたい。TOHOシネマズで観たのだが3Dメガネ代400円は高い。

多分、次作も観るだろうがファンタジーファン以外にオススメするほどでもない。


【配給が変わった経緯の関連記事】
ディズニー、「ナルニア国物語」第3弾制作から撤退

「ナルニア国物語」第3弾制作に20世紀フォックスが参加


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英国王のスピーチ
原題:The King's Speech。エリザベス女王の父親ジョージ6世が吃音を乗り越えて対ナチスドイツへの宣戦につながるスピーチをふるう。ご存知のように今年のオスカー候補の一作である。

ジョージ6世(コリン・ファース)が父ジョージ5世(マイケル・ガンボン)の次男ヨーク公アルバート王子の時代から物語はスタートする。厳格な父王と奔放な兄の王太子デイヴィッド(ガイ・ピアース)に良くも悪くも影響され、子供の頃から吃音(きつおん)で苦労する。吃音のために内向的な性格となってしまい、テレビやラジオでの演説(スピーチ)に悩んでいた。あらゆる治療方法を試すが上手くいかない。妻のエリザベス妃(ヘレナ・ボナム=カーター)がダメもとで市井の言語聴覚士ライオネル・ローグ(ジェフリー・ロイ・ラッシュ)にアルバートの治療を依頼する。だがライオネルが業界でも異端とされるような風変わりな人物だった・・・。

そもそもジョージ6世の吃音についてあれやこれやと取り上げることはタブーに近かったという。まあ、これは日本の皇室でもあることで、明治天皇以降であっても「アレ?」と想う扱いの皇族はいるものだ。不敬を恐れずに言えば誰がどうみたって彼らは生身の人間であり、人として多少の”弱点”を持っていたとしてもまったく不思議ではなく自然なことだろう。それを責めたり面白がったりするのは粋ではない。

この手の作品は企画化の段階で大抵はチャチャが入って陽の目を見ないようだが、この作品はスルスルと数々の障害をスルーできたようだ。そして、英国王室は映画などのエンタメ、特に王室が扱われた作品については完全無視ということが少なくないが、なんとエリザベス女王本人が本作を鑑賞したようである。自分の祖父・祖母、両親に叔父と血の繋がらない評判の悪い叔母、そして妹と自分自身が登場する映画を観るというのだからこれは不思議な世界だ。残念ながらエリザベス女王本人のコメントは発表されていない。

予告編を観た段階では「感動してボロボロ泣いちゃう作品」という予想だったが、案外落ち着いたタッチで描かれていて大波のようなカタルシスがある訳ではない。男はつらいよではないが「王様もつらいのよ」的な作品だった。日本では馴染みの薄いイギリス国教会や未だに残っている階級社会を理解していると更に面白みが感じられるのかも知れない。果たしてオスカーを獲得するような作品なのかというと疑問符がつくのだが、アメリカ人の歴史コンプレックスを考慮すると話題の「ソーシャル・ネットワーク」を押しのけて受賞というのもありえなくない。(私的にはオスカーなんてクソッくらえなんだけれどね)

この物語の登場人物を観て感じたのは一度王座につきながら二度の離婚経験があり、複数の男性とパラレルで付き合っていた奔放な女性・ウォリス・シンプソンとの不倫と結婚、そのために1年も満たない在位期間で王の地位を投げ捨ててしまうデイビッド(エドワード8世)とチャールズ皇太子がダブって見えてしまうこと(苦笑)。血筋としてはジョージ6世の孫にあたるチャールズ皇太子だが血は争えないのか、人妻・熟女好きなのは不思議というものだ。

なお、日本の(特に最近の)大河ドラマでも「史実とあまりに違う」という批判が絶えない。一本の物語として簡潔にするために意図的に脚色・編集することが非難の対象になりやすい。アカデミー賞のライバルと目される「ソーシャル・ネットワーク」に至っては当事者がまさに現在存命して伝説を紡いでいるだけに映像作品がどこまで”演出”して良いのかちょっと考えるのも面白い。

参考までに関連記事をご紹介
英国王のスピーチ』史実に異議あり!【前編】/ニューズウィーク誌 -クリストファー・ヒッチェンズ

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ヒア アフター
クリント・イーストウッド監督作品。死んでも尚繋がりを求める人間。それを埋めるのは目の前にいる人間だけという物語。静かな、静かな映画。スピルバーグがプロデュースで参加している。

物語はサンフランシスコ、パリ、ロンドンでそれぞれの人間が織り成す物語。なかなかお互いに交わらないが、終盤に一つの物語へと継る。これはスティーブン・ソダーバーグの「トラフィック」とも似た展開だが、あちらよりはより登場人物同士の交流が描かれる。

幼い頃の怪我が原因で死後の世界と交信できるようになったジョージ(マット・デイモン)。その”才能”を兄とビジネスに活かしていたが、あまりにもツライ体験で逃げ出している。今ではサンフランシスコの港の倉庫で働いている。

パリでジャーナリストとして成功しているマリー(セシル・ドゥ・フランス)は恋人のテレビプロデューサーとバカンスの最中、津波に襲われて臨死体験をする。その時に死後の世界を観てしまい苦悩している。

ロンドンの一卵性双生児のマーカスとジェイソン。母親が薬漬けで社会福祉局から目を付けられている。一緒に母親と暮らしたい二人は何かと母親をフォローするのだが苦労が絶えない。

Facebookの興隆を描いた「Facebook」は生きている人間同士の繋がりがテーマだったが、この「ヒア アフター」は死後の人間との繋がりである。死と対面するほど、生きることにしか未来が無いと気付かされる。大切な人を失い、その人を想うあまり自分自身を喪失してしまう人がいる。「死人に引っ張られる」とも表現できる様は亡くなった人にとっても苦痛でしかないのだろう。

一昨年の冬、私も母を亡くした。男にとって幾つになっても母親とは絶対的な存在で決して欠いてはいけないピースだった。母が亡くなった直後から私は母と対話する機会が増えた。生前以上に。時にそれは大粒の涙を伴うものでもあるし、亡き母が私に説教したり(苦笑)、他愛もない冗談であることもある(マット・デイモンみたいに交信してる訳じゃないが)。

上手く説明できないけれど母とは死後も繋がっている。決して一人では無いし、母に報いることができるのはしっかりと生きることだけだ。そんなことを明確に感じさせてくれる作品だった。

【余談】
本作と関係ない話だが最初にマット・デイモンに亡き妻との交信を依頼するギリシャ人役にリチャード・カインドが配されていた。作品では実に悲しげな遺族を演じているが、マイケル・J・フォックスがニューヨークの市長補佐役を演じていたコメディー番組「スピンシティ」で同僚のポール・ラシターを演じてた人だった!いつもケチでボケっぱなしのポールが元気だったのが超嬉しい(笑)

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洋菓子店コアンドル
ああ、泣いちゃった。ツボだったみたい。映画館でボロボロ泣くなんて恥ずかしいよね(苦笑)。でも、悲しい涙じゃなくてほのぼの涙。

洋菓子店コアンドル

監督・脚本は深川栄洋監督。同時期に「百夜行」も上映されていて注目の人。これまでスイーツを物語のキーとして使った作品は幾つかあった。確かに「店の危機が訪れ、主人公たちが頑張ってなんとかする」という基本線は同じなんだけど、「俺も初心思い出してガンバロ」という気にさせてくれた。

鹿児島から彼氏を追って東京にやってくる少女「なつめ(蒼井優)」。置き手紙ひとつ置いて行った彼氏を連れ帰る積りだ。彼氏の修行先の洋菓子店「パティスリー・コアンドル」は超有名店だった。なつめが彼氏の所在を確かめようとするが不在であることが判明。行き場が無くなったなつめはコアンドルで働くことをシェフの依子(戸田恵子)に懇願する・・・。

ストーリーはこれ以上語るまい。かつて伝説的パティシエと呼ばれていた江口洋介演じる十村(とむら)となつめの奮闘劇。なんかいい。何か成し遂げたり克服するには自分の殻を越えていかなきゃいけないんだと久々に思った。地球を救うとかそんな絵空事じゃなくて。

架空のお店コアンドルだけど、中目黒沿いに立地するっぽい。店の近くの坂道とかやっぱりちょっと違うけど。ライバルのお店もアレどこかで行ったなと思う有名店が登場する。柿の木坂にあるキャトルが協賛でクレジットされてたけど、どんな形で登場してたんだろうか。十村が講師となっているのは辻調理師専門学校とか。

スイーツの映画だけどちょっとショッパイ涙の味もするステキな映画でした。オススメ。

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ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ
一見してとても映画のタイトルと思えない。だが、あのマドンナの「元」夫にして映画監督でもあるガイ・リッチーの出世作となったれっきとしたイギリス映画。ミュージック・ビデオの気鋭監督らしい音楽とスタイリッシュな映像、そして痛快なストーリーが堪らない作品。

この映画をスクリーンで観るのは三度目である。最初は何年も前の東京国際映画祭。まだ渋谷の文化村で開催されていた頃で、ガイ・リッチーはこの作品で最優秀監督賞を受賞した。グランプリ相当の作品よりも遥かに大きな喝采を観客から送られたと記憶している。二度目は無事に日本国内でも配給された1999年の夏。

さて何故2011年の冬この作品をスクリーンで観ているかというと渋谷の道玄坂で20年以上がんばってきたシネセゾン渋谷が閉館に伴い過去の作品を上映し始めたからだ。そう二度目の鑑賞もこのシネセゾン渋谷だった。テアトル系のこの映画館はビッグバジェットの作品から限りなく単関係に近い小品まで幅広く上映してきたが、この長ったらしいタイトルの本作をクロージングに向けた上映で選んでくれたことに感謝しきりである。

「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」は不況真っ只中のイギリスでまともな職につけずケチな犯罪で生計を立てている四人の若者が主役(一人はコックという合法的な仕事をしているが、実は一番アブナイ人だったりする)。出だしからラストまでミュージック・クリップの監督らしい音楽と映像をリズムに乗せてグイグイと観客を楽しませるエンターテイメントだ。

東京国際映画祭で聞いた話では主人公のエディの父親JD役で出演しているミュージシャンのスティングがなんと作品に出資までしているという。もうあまりにも作品が気に入ってどうしてもとプッシュしたと言う。役者としてもホントにイングランドの下町のパブでいそうな頑固親父ぶりがあまりにも板にハマり過ぎている(苦笑)。息子を容赦なくゲンコで殴る狂犬っぶりが却って笑えちゃう。

他の出演者もプロの役者だけでなくジェイソン・ステイサムやチェルシーなどで活躍したヴィニー・ジョーンズとアクが強い人達が百花繚乱で登場する。ヴィニー・ジョーンズはウェールズ代表にまでなった人だが、サッカー選手になれなかったらホントに借金取りやってそうな説得力。

ぶっちゃけDVD持ってるんだけれど、やっぱり大きなスクリーンで観るのは胸がすく想いだ。そしてシネセゾン渋谷ありがとう!

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